地獄の夏合宿

剣道の思い出

串間市にある道場の夏合宿に参加した

私が5年生になって、夏休みに入ってから、剣道仲間とプールで一緒に泳ぎに行こうということになって、その時に、今度、「串間市にある道場の夏合宿に参加させてもらうかもしれないけど、どうする?」という話の流れになりました。

そのついでにその仲間が「合宿の稽古日程が終わったら最後に全員で河川敷に遊びに行くらしい」というので、私は、合宿は辛そうだけれど、その後の河川敷の遊びは楽しいに違いないと思い、その後の稽古の前の先生からの話があったときに、先生が私に話しかけてきて「どうだ~お前も合宿に参加せんか?」というので、私は「はい」と一言返事をして合宿に参加することになりました。

合宿は、剣道場で稽古も食事も宿泊も全部行われて、稽古はいつもの稽古と似たようなメニューを朝、昼、夕の3回行いました。稽古は先生が常に見張っていて内容は緊張感があって激しい内容でした。

それが一日3回もあるので、私は精神的に直ぐに追い込まれるようになっていき、「後何回残っているのかな? 早く合宿の日程が終わらないかな?」という気分になっていきました。お昼は焼きそばなどをごちそうになり、お風呂は相手方の先生の家の風呂を借りて済ませて、夜に寝る時は道場の堅い床の上にタオルケットをしいて寝ました。

3泊4日の日程が終わりに近づいていって、最後に焼きそばを振舞ってもらって相手の道場の人たちに別れを告げて、最初の約束通りに河川敷に連れて行ってもらいました。しかしその時には気持ちは疲れ果てていて、あまり遊びたいという気分になれなくて、あっという間に時間が過ぎて父兄の人が「おーい!もう帰るぞ~」と言ってきたので、私達は帰る支度をして、地元に帰りました。

合宿後の剣道生活で先生が突然稽古に来られなくなった

その合宿を乗り越えてからの成績は安定して好成績が残せるようになりました。団体戦でも、強いチームにあわよくば勝利できる寸前まで行ったり、市内で開かれる個人戦でもコンスタントに上位に顔をだせるようになりました。自分がはっきり実力が付いたと実感できることが多くなりました。

練習は相変わらず厳しくて、6年生は前年のチームよりは強くなかったので、なかなか優勝には届かなくて先生の期待には応えられていないのかな?という気持ちに全員がなっていきました。

そんな日々が続いて、冬が来て、年を越そうとしていた直前の練習に先生が突然姿を見せなくなり、何が起きたのかといえば、その時に6年生に交じって一人だけレギュラーに選ばれていた5年生の仲間が「剣道を辞めたい」と先生に申し出てきていたようで、先生はそのことにとてもショックを受けて、稽古に出てこれなくなったということでした。

そのころはみんなプレッシャーと厳しい稽古に頑張って耐えていた時期で、先生が辞めてしまって、どうなってしまうのだろうか?という不安と、プレッシャーから解放されてほっとした安心した気持ちがよぎりました。

その後に、以前から剣道クラブで指導されていた先生がしばらく休まれていたのを、再び来てもらうようになってしばらくたってから、その先生がガンでお亡くなりになられてしばらく先生が不在の状態が続きました。6年生はプレッシャーから解放されたのが幸いしたのか、大会で優勝をすることができるようになり、練習内容は今までとうりの内容をしっかりこなしていきました。

その辞めてしまった唯一5年生で6年生に交じってレギュラーに入っていた仲間は試合に対してとてつもないプレッシャーを感じていて、体に変調をきたしてしまい、他のスポーツに転向したいと先生に申し出て野球クラブに入り直しました。

先生はそのことに対して、深く自責の念に取りつかれたようで、それから一切練習を見に来られなくなりましたが、何か月か経った後に、剣道大会の来賓として参加されていて元気な姿を見せてくださり、私も先生と挨拶をかわしました。

先生のこと

その先生は元々剣道の選手としては特に何の実績も持っていない人で、全部独力で剣道を学んで身に付けて子供たちに剣道を教えていました。先生は指導者としては教え方に何の申し分もなく、いつも気迫の漲った熱い指導を私たちにしていました。

父兄には子供を強くしてくれる先生として慕われて、子供側も剣道の指導者として信用してついていくことができていました。しかし前の年の6年生があまりにも強すぎて、出場する大会の多くを優勝してしまうほどだったので、今の6年生がそれと比較されるようになってプレッシャーに苦しめられるようになり、とうとう破綻してしまうような格好になってしまいました。

先生は今まで周囲から弱小チーム扱いされていた、剣道クラブを県内では強豪として認知されるまで育て上げて、クラブの伝統は先生が辞められた後もずっと引き継がれていきました。先生がプロデュースしたレギュラー胴や白い試合用の袴は今のチームも同じデザインを使用しています。

レギュラー胴は今の時期に見ても、洗練されていてかっこいい茶色の配色で、胸には校章と儒教の言葉の「仁・儀・礼・智・信・徳」と刻まれていて色あせないものになっています。

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