著者 小森園正雄
出版社 体育とスポーツ社
お薦めの対象者
きちんとした真っすぐな剣道を身に付けたい人
本の概要
本書は、剣理に合った、正統派の剣道を身に付けるために必要な考え方を解説しています。
第三章 基本動作
基本動作の捉え方
基本動作は、構えや体裁きと竹刀さばきの一体的な遣い方など、最終的に有効打突に結びつけるための打突動作の原理原則である。お互いの攻め合いの流れの中から、たとえ最善の機会をとらえたとしても、打突の動作が適正ではなく、刃筋が正しくなければ有効打突に結びつかない。
基本動作は、基本のための単なる基本であってはならず、対人技能に発展し得る基本動作であることが要求される。基本動作の内容を総合的かつ一体的に吟味点検しながら繰り返し、さらに、段階的に内容の幅を広げ、質的に高めていくような基本動作の修練でないといけない。
中段の構え
中段の構えには、いつでも「攻め→技」にかかっていける気の充実がなければいけない。これを技法の面で考えれば、構えにおける「左手握りの納まり」と、機会を捕らえたら間髪を容れずに身体と竹刀とを一体的に遣って技が発動できるような、身体各部の体勢が備わっていなければいけない。
足の備え
中段に構えて自由自在に足さばきができるためには、左右の足の備えと重心位置が要点である。さばきやすい足の備えは、左足の爪先と右踵の間隔を、前後左右ともに約十センチメートル程度とり、両足の内側を平行に保つことである。そして、両足の前後左右の中心に重心垂線がくるようにする。
安定した足の構えでは動きにくく不安定では戦えない。安定と不安定が同居している足の備えの内部感覚を修得することが大切です。
左足
左足の備えは、土ふまずの前方、つまり足底母指球およびその左側の一帯の部分で踏むようにする。足首の力を緩めずに踵を心持ち外側に捻りながら降ろし、土踏まずを張るような感じで踏む。こうすることでひかがみに軽い緊張感が生まれ、腰が前に押しだされて、肚に力が入って安定感が出てくる。
左踵・左ひかがみ・腰・臍下丹田・頸・顎の備えには相関関係があり、いずれかの備えが崩れるとそれに連動して他の備えも崩れてしまう。
右足
重心を右足にかけすぎないようにする。足さばきを滑らかにするためには、踵を軽く浮かせ、右足を床板に滑らすような遣い方を修得することが必要である。
右足は「攻め足」であり「打突を決断する足」でもある。攻める場合には間合を調整しながら右足を床板に滑らすようにし、「攻め足」から機会を捕らえたら踏み込み足に変えていく。
下肢の備え
左踵は張らず弛めず、裏筋に軽い緊張感を持たせることである。これによって機を捕まえて即座に動くことができるのである。右足は「攻め足」であることから、特に右膝の力を抜き「サッ」と伸ばす感じを修得することである。
体幹の備え
臀部・腰
腰は身体の中心であり上体の基底部でもある。腰の備えを堅個にすることによって上体が安定する。尻の穴を締めるためには、臀部の左右のくぼみを恥骨の方向に向かって少し押し出すようにする。こうすることによって、骨盤が持ち上がり腰が入って堅個な構えになる。さらに、左脚の裏筋にも適度な緊張感をみる。
腰と臍下丹田は表裏一体の関係にあり、腰が入れば臍下丹田も充実してくる。腰を後ろから前に押し出そうとする。次に、これをそうはさせまいと下腹の力で前から後ろに押し返す。いわゆる「腹腔を締める」ことが臍下丹田の充実につながる。
腋・背・胸・肩
腋は心もち締めるようにする。こうすることによって背が真っすぐ伸びて肩が下がり、自然と胸が開いてくる。また、腋を心持ち締めることによって腕・肘の裏筋が生きて、さらに臍下丹田に気呼吸を納めることができる。背は腰を入れて腋を心持ち締め、胸を開くことによって結果的に伸びてくる。肩には力を入れないようにする。
胸は腰の入り、腋の締め、背の伸び、肩の下りからくる自然の結果として開いてくる。
頭部の備え
頸は伸ばして後ろへ軽く引く。これによって顎が引かれて頭部が背骨の上に真っすぐ安定する。目安として顎とのどの間に一本の横筋ができる程度にするとよい。なお、左右の耳たぶを広げるような感覚をつかむことも参考になる。頸と顎の関係は表裏一体であり、中段の構えや打突動作の全般にわたる合理的な姿勢の維持に重要な働きをしている。
口唇は強く結びすぎず、空けすぎないようにする。舌先を下歯茎につけて口唇を少し横に広げるようにして、口唇から息を「フー」と細く吐くようにすれば息は続く。息を吸うところは虚になるところで動作はできない。息を吐くところは実であり、力が充満するところである。口唇と舌は呼吸法と密接な関係があるので、呼吸法と併せて修得することである。
上肢の備え
- 左手の小指は柄頭いっぱいに握り、小指・薬指・中指の順に締めながら鶏卵を握る心持ちでたなどころに納める。親指と人差し指は軽く握る程度にする。
- さらに、左手親指の第一中指骨関節が臍の延長線上にくるようにして、左拳を下腹から一握り程度前に出し、軽く絞り下げるように納める。右手は鍔元から左手と同じ要領で添える感じで握る。
- 竹刀を上から握るのは鉄則である。竹刀を横から握るのは、滑らかな技の始動の妨げになる。
- 右手は添え手で軽く握る程度である。打突動作の機能としては、左右の力を均等に配分して、内部感覚として臍下丹田に気を納めて、これによって左拳で相手を攻めるようにする。
- 手首の備えが技の始動・技の遣い方や変化・太刀筋や打突などに大きく影響してくる。手首を伸ばし、手の甲と肘が平らかになるようにする。
- 腋の軽い締めと肩の脱力で、手首と肘の余分な力が抜けて体側につき、腕と肘の上筋の力が抜けてくる。懐は大きくして、その中に丸い地球儀や達磨を抱くような気分を感得することである。
- 竹刀は実際に手で握っているが、手で握っている感覚から竹刀を肘で持つ感覚に変え、さらに、竹刀を体幹すなわち肚と腰で持つ感覚を修得するとよい。
構え方と納め方
構え方
- 提げ刀→竹刀を左手に、弦を下にして自然に提げ、お互いに九歩の間合いで立ち会う。
- 礼→相手の目を注視しながら礼をする。結果的に上体が約十五度傾斜することになる。
- 帯刀→親指を鍔にかけながら、竹刀を左腰に執って帯刀する。
- 抜刀→帯刀のまま右足から大きく勢いよく進み、三歩目の右脚を油断なくだしながら右手で竹刀の鍔元を下から握る。続いて竹刀を上に持ち上げるようにして抜きながら左足を右足に寄せて蹲踞する。
- 蹲踞→蹲踞しつつ竹刀を抜き合わせて、立ち上がって中段に構える。蹲踞の足の備えは、両踵を上げて右足を前に出して右自然体となる程度に位置し、両脚を約90度開くようにする。こうすると腰が入って臍下丹田に気力が充実してくる。さらに両踵の上に臀部を乗せて、バランスをとり、重心を安定させて気力を充実させる。
納め方
中段の構えから蹲踞して竹刀を上から下に返すようにして左腰に納める。次に、そのまま立ち上がり左足から小さく五歩後ろに油断なくさがり、提刀の後に礼をする。
稽古や試合を中断する場合は、立ったまま納め、お互いに五歩下がって礼をする。再開する場合は、お互いに九歩の間合いで立ちあって礼をして、三歩進んで立ったまま構える。
足さばき
足さばきの狙いは次の3つに整理できる
- 相手との間合いを調整するための体の移動
- 相手を打突するための体の移動
- 相手の打突をかわしながら打突するための体の移動
足さばきには、「歩み足」「送り足」「継ぎ足」「開き足」の四つがあり、いずれも「すり足」で行う。
踵は床につけないようにする。
歩み足
前後に遠く速く移動するための足さばきである。平常の歩行と同じように右足・左足を交互に退いたりする。
上体や竹刀を動揺させずに体勢を安定させながら移動する。
送り足
前後・左右・斜め方向に近く速く移動する場合や、一足一刀の間合いから打突する場合の足さばきである。前後・左右・斜め方向に移動しようとする方向に近い足をまず踏み出し、後に続く足を素早く送り込むようにして引き付ける。
継足
一足一刀の間合いよりもやや遠い間合いから打突する場合の足さばきである。
継足は攻めの働きを持った足の遣い方である。
開き足
相手の打突に対して間合いを調整しながら、かわして打突する足さばきである。
踏み込み足の考察
踏み込み足は、一足一刀の間合いから相手を打突するための足の遣い方であり、右足を踏み込む場合には右足が先に動くが、右足を動かしている背景には左足の堅固な支えがある。左足を堅固に支えたまま左踵骨部で鋭く踏み切り、右足を大きく踏み込むと同時に打突する。右足を踏み込んで打突したら、左足を素早く右足の後ろへ送り込むように引き付ける。
- 右足の踏み込みは打突を決断する足で大きく踏み込むことが体の勢いや技の鋭さにつながる。
- 左脚を支軸にして左半身を崩さないようにする。
- 右足の踏み込みは高く上げないようにする
- 打突後は左足を素早く引き付ける
- 打突後は、油断なく歩幅をつめる。
素振り
素振りには以下のような意義・目的がある
- 太刀と身体の一体的な遣い方を体得する。
- 打突に繋がる太刀筋を身に付ける
- 打突の手の内を覚える
足さばきを伴わせて打突に基礎となる内容を体得する。
上下素振り
- 右足を前に出しながら太刀を大きく振りかぶる。
- 左脚を右足にひきつけながら太刀を下まで振り下ろす
- 左脚を後ろに下げながら太刀を大きく振りかぶる。続いて右足を左足にひきつけながら太刀を下まで下ろす。
留意点
- 姿勢を崩さない
- 脚運びはすり足で行う
- 振りかぶるときに竹刀の握りを変えない。左右に力を偏らせない。
- 両拳が正中線を通るようにする。
- 足さばきと太刀の動きを一致させる
- 左脚を十分にひきつける
- 左手の握りは軽く内側に絞り上げながら下腹に納める
打突の基本
- 打突の習得過程では、足さばきと竹刀さばきの協応的な遣い方など、打突動作全般にわたる内容を点検修正しながら、打突内容の質的な発展を図って体得の度合いを進めていく。
- 技法の展開としては、お互いに構えて攻め合い、機会をとらえて有効打突に結び付け、その後に残心へ流れていく。
- 主目的は正しい刃筋で打突することである。この前提になっているのが「途中」の動作の適性さであり、この前段階の打ち起こしの円滑さである。
- 打ち起こしは、重心が移動し始めて右足が前に出され、これと同時に左手の握りが動き始める。この局面で大事なことは、右足と左手握りの始動は、左腰の始動とこれを支えている左足が支軸となって押し出される。
- 左腰の剣先方向への移動によって重心が前方に移動し始め、これによって右足が滑らかに出始める。こうした左腰の剣先方向への移動と右足の前方への移動を受けて、同時に左手の握りも剣先方向に移動し始める。
- 重心が移動し始めて右足が前に出されて、これと同時に左手の握りが動き始める
- 打ち起こしから肩・肘・手首の関節を柔らかく遣い、納まった太刀筋のまま次の局面へ進める。肩・肘・手首の関節を柔らかく遣う事で、竹刀の振りかぶりと振り下ろしに滑らかさが生まれる。
- 左拳を剣先方向へ突き出すと、体も竹刀も前方にいる相手に向かっていくようになる。竹刀を振りかぶって振り下ろし、打突部位を点で打突することが大切である。
- 竹刀に滑らかさと勢いをつけたまま、左脚を堅固に支えながら体勢を崩さずに、右足をいっぱいに踏み込みながら手の内を極めて打突する。
- 打った後は上体を脱力する
- 正しい刃筋で打突するためには、直接的には手の内の極めが必要である。
- 上体の備えと上体の基底部である腰が、動的に安定していることが絶対条件となってくる。そして、腰の動的な安定感の土台となっているのが左脚の堅固な支えである。
- 「メンー」という掛け声と留め息をする。「メンー」の「ン」は打点を支点にして、左足の引き付け→腰の引き付け→上体の立て直し→体勢を立て直すという極める局面である。極めるところまでして一本の打ちとして結実する。
- 極めた後は、「調える」ことで一連の動きに要した「気」「剣」「体」を普段の状態に戻す。
- 下筋を遣って小指・薬指・中指を瞬間的に締めて打つことが大切である。
体当たり
- 体当たりは打突後の余勢で自分の身体を相手の身体にぶつけて、重心を動揺させることで、相手の気勢をくじいたり相手の備えを崩したりして打突するためのものである。したがって打突を伴うことが必要である。
- 手先だけではく、腰で当たるようにする。
- 左脚を素早く引き付ける。
- 手元を下腹部に納めて、腰を据えてあたる。
- 体当たりした後は相手が下がれば追い込んで打つ
体当たりの受け方
- 「すり足」で右足を軽く一歩前に踏み出しながら下腹に力を入れて手元を下げ、左足を鋭く引き付けて腰を据えて受ける。
- その場で受けたり、退きながら受けないようにする。
- 手先だけでなく、手元を下げて腰を据えて受ける
- 左踵を上げたまましっかりと踏ん張って受ける
- 「すり足」で右足を軽く一歩前に踏み出しながら、当たる瞬間に左足を鋭く引き付けて腰を据えて受ける。
鍔競り合い
- 自分の竹刀をやや右側に傾け、肘を軽く伸ばしてお互いの鍔と鍔が合うように手元を下げ、下腹に力を入れて自分の体勢を確実に保つようにする。この状態から種々の変化を求めて打突の機会を作ることになる。
- 鍔競り合いは間合いがいっぱいに詰まった大変緊迫した状況である。ここから積極的に打突の機会を求めるようになる。
- 相手の肩や首に竹刀を押し付けたり、故意に相手の動きを封じ込めたり、逆交叉をしない。
- 首をまっすぐに保ち、手元を下げて下腹に力を入れ、腰を伸ばして相手に正対する。
切り返し
切り返しは正面打ちと連続左右面打ちを組み合わせたもので、基本動作の内容を対人的な関係の中で総合的に修得する稽古法である。また、切り返しは悪弊の矯正や基本動作の修正のためにも有効であり、技能の向上にとって欠かせない稽古法である。
切り返しで身に付くもの
- 姿勢と構え方
- 間合いの取り方
- 足のさばき方
- 振りかぶり振り下ろしの動作による動作による上肢の遣い方
- 足さばきと竹刀の一体的な使い方
- 正しい太刀筋の遣い方
- 正しい太刀筋の習得
- 手の内の極めと脱力の仕方
- 手の内の返し方
- 呼吸法
- 残心の取り方
切り返しの留意点
- 正しい構えをとり、最後まで姿勢を崩さないようにする。
- 動作は正確にかつ「大きく」「強く」「速く」できるようにする
- 肩や上肢の関節を柔らかく遣う。振りかぶり振り下ろしの動作による上肢の遣い方や、正しい太刀筋を身に付けるためにも、左手の握りを頭上まで上げて、大きく振りかぶる。
- 左右面打ちは、約四十五度の角度から手首を返して振り下ろし、正しい刃筋で打つようにする。
- 左右面打ちは、受ける側の竹刀をめがけて打ったり空間打ちにならないようにして、物打ちで左右面を打つようにする。
- 左拳は正中線上を上下に移動する形となり、打つ時には左手の握りを鳩尾に納める。
- 前進・後退の足さばきは送り足を正確に使えるようにする。
- 後退の際の足さばきが歩み足にならないためにも、左足の引き足を大きくする
- 身体を上下動させたり、腰や頭の動きを使って調子をとったりしない。
- 正面打ちの後に息継ぎができるようにする。
切り返しの受け方
引き込む受け方
この受け方は、切り返しを実施する者の打ちを素直に伸ばすことが狙いで、特に初心者などの打ちを受ける場合に用いられる受け方である。竹刀を垂直にたてて、両拳を身体の中心から左または右に引き寄せながら、左右面打ちの竹刀を自分の方に引き込むようにして受ける。これによって、切り返しを実施するものは、伸びのあるうちや「手の内」を修得することができる。
打ち落とす受け方
- この受け方は、打つ瞬間の手の内や、打ち落とされることによる脱力と上肢の遣い方などを修得させるねらいがあり、ある程度の技能を身に付けた者などの打ちを受ける場合に用いられる方法である。
- 竹刀を左または右斜め前に出しながら、左右面打ちを抑えて打ち落とすように受ける。これによって切り返しを実施する者は、打つ「手の内」と打ち落とされた後の上肢の脱力や手の返しを体得していく。
- 「引き込む」「打ち落とす」いずれのやり方においても、打ちを受ける瞬間に、手の内を効かせるように心がける。
留意点
- 合気になって相手を引き立てるように受ける
- 正面打ちは、一足一刀の間合いから剣先が少し開く程度にして受ける。
- 連続左右面を受ける際は、「歩み足」で受け、実際に左右面が打てるように、切り返しを実施する者との間合いや、勢いとタイミングを見極めて受ける。
- 竹刀を垂直に立てて物打ちの鎬を使って受ける。この場合、左拳はおおむね腰の高さに位置させ、手元が上がらないようにする。
- 錬成の度合いを考慮して、切り返しを実施する者が前進する時は引き込むように、下がる時は押しやるような気分で受ける。こうすることで、切り返しを実施する者の足さばきや打ちの勢いに変化が出て効果がある。
- 最後の正面を打たせた後はすぐに身体をさばかずに、二・三歩真っすぐに下がることによって切り返しを実施する者をまっすぐ出させ、その後に身体を右にさばくようにする。
総括
本章では、姿勢や礼のしかたや、竹刀の振り方、足のさばき方、切り返しについて解説しています。
コメント